1. 事案の概要

被相続人には長男、長女、二女、三女の4名で、長男は医師として、小規模宅地等の評価減特例の適用地として、診療所の土地を遺言により相続しました。なお、長男は、被相続人の母と同居し生計を一でしたのでこの土地は、特例の対象になります。

その他、小規模宅地等の評価減特例の適用地としては、賃貸されたマンション敷地については未分割です。

長女たちは、遺言無効確認等請求訴訟に影響するので、診療所の土地について小規模宅地の適用に同意できないとしました。

長男は、小規模宅地等の評価減特例の適用を受けるには、特例対象宅地を取得した全ての相続人の選択同意書(実務的には、相続税申告書第11・11の2表の付表1に同意をした相続人の氏名を記載する)を申告書に添付する必要がありましたが、書類を添付することなく、小規模宅地等の特例を適用した相続税の申告書を提出しまた。

2. 法令の解釈

同一の被相続人から相続等により特例対象宅地を取得した者がある場合において、当該取得した全ての者の当該選択についての同意を証する書類を相続税の申告書に添付しなければならと規定されている(措置法施行令 40条の2第3項本文)。

小規模宅地等についての課税価格の計算明細書にも、「小規模宅地等の特例の対象となり得る宅地等を取得した全ての人が次の内容に同意する場合に、その宅地等を取得した全ての人の氏名を記入します。」と記載されています。

つまり、特例対象宅地を取得した者が一人であれば選択同意書の添付は不要ですが、特例対象宅地を取得した者が例えば2人であれば2人の選択同意書の添付が必要とされます。

3. 問題の所在と回答

①:遺言書によって分割された財産と未分割財産があった場合の小規模宅地等の評価減特例の適用を受ける場合には、遺言書によって分割された財産があるのであるから、申告期限までに選択同意書を申告書に添付する必要があるのか。→必要があります。

②:また、未分割財産は相続財産の帰属先が確定するまでは、相続人全ての財産であるから、全ての相続人の選択同意書を申告書に添付する必要があるのか。→添付する必要があります。

③:小規模宅地等の評価減特例の適用について、未分割財産であれば、3年以内分割見込書を提出することにより、分割後に選択同意書を申告書に添付すれば良いとされている。しかし、遺言で特例対象宅地を取得した者がある場合に、同様の手続きができないのは何故か。(措置法第69条の4第4項ただし書き)→相続させる旨の遺言の法的性質は、遺産の分割方法の定めであるとされ、同遺言の対象となった財産は、遺産分割協議が成立したのと同様の承継関係が生じるためです。

4. 小規模宅地の適用の有無で税額が大きく違う

特例の対象となる宅地等は、「特定事業用宅地等」(400㎡、減額割合80%)「不動産貸付事業用宅地」(200㎡、減額割合50%)と「特定居住用宅地等」(330㎡、80%)に分けられます。

特例対象宅地等は限度面積が決められているため、特例対象宅地等が複数ある場合は、適用する土地を選択しなければなりません。また、その適用が受けられる特例対象宅地を複数人が取得した場合には、特例の適用を受ける宅地等を選択する人を特定しないと相続税の計算できないことになります(措置法第69条の4第1項)。

5. 判決(2016.07.22東京地裁判決、平成27年(行ウ)第57号)

①:結論

東京地裁は、小規模宅地について相続税の課税価格の計算の特例(租税特別措置法第69条の4)は、特例対象宅地を取得した全ての個人の選択同意書の添付を求めていることを理由に、特例の適用は受けられないとしました。

②:理由

長男は、小規模宅地の特例対象宅地を相続させる旨の遺言が存在する場合、申告時点における選択同意書の添付を要件とすると、未分割財産について、小規模宅地評価減特例を認めるために、3年以内分割見込書を提出することで分割後に選択同意書を申告書に添付すれば良いとする(措置法第69条の4第4項ただし書き)規定の適用が不能となることを理由に、相続人の選択同意書を申告書に添付を要求する規定(措置法施行令第40条の2第3項3号)が、相続させる旨の遺言の対象となった特例対象宅地に適用されるのは、租税法律主義に違反した違憲無効な規定となる旨を主張しました。 これに対して判決では、申告期限までに分割されていない財産については、減額割合を判定することができないことから、本件特例を適用しないと規定したのが、措置法69条の4第4項ただし書きである。しかし、分割が確定した場合には、当該宅地を誰が取得するかが確定し、当該宅地について減額割合を判定することができるので、このような場合には、全ての相続人間で当該宅地について、本件特例の適用を受けるものとして選択することができる状態にあるというべきである。 このことは、特例対象宅地が遺言対象になっている場合においても異なることはない。すなわち、特例対象宅地が遺言対象でなっている場合において、常にすべての相続人の選択同意書の添付が不可能あるいは困難となるものではないことは明らかであるし、かかる選択同意書を添付することが困難となるのは、特例対象宅地が遺言対象となっている場合以外においても一般に生じ得るものと言うべきである。 つまり、特例対象宅地を取得した相続人が1人である場合を除き、特例対象宅地を取得した全ての相続人の選択同意書を相続税の申告書に添付することを定めているのであるから、全ての相続人間で統一された選択をすることを小規模宅地の特例は要求しているとしました。

6. 今後の対応

この判決を受け、相続実務ではどういう対応が求められるのか。

いずれにしても、遺言があっても、特例対象土地が複数ある場合には土地相続人間で小規模宅地の選択について同意が必要になるということになります。それを避けたいのであれば、遺言で特例対象土地全てを長男になど相続する人を一人にすることを考えざるをえません。

なお、実務上は、税務署の方で、事実上、遺言対象となった特例対象宅地等についても、「分割されていない特例対象宅地等」(措置法69条の4第4項本文)に該当すると取り扱い、その上で、同項ただし書に即して、確定申告書に未分割の上申書を添付させ(加えて、分割成立までに、3年を超えれば税務署長の承認を取らせ)、さらに最終的な遺産分割協議成立段階で、選択同意書を提出させて、本件特例の適用を認めるという運用がされていると判決には記載があります。しかし、現在は実施されていないとの意見もありますので、実施する場合は税務署に確認してください。

本ページに掲載した画像は情報サイト相続.co.jp様より転載許可を得て掲載しています。