相続税評価額での売買について、東京地方裁判所平成19年8月23日判決では、論点として以下の2点を検討して相続税評価額での売買を認めて、負担付贈与通達の適用は必要ないとしています。



1.論点1、相続税法7条の「著しい低い価額の対価」の解釈について



相続税法7条の趣旨

贈与税は、相続税の補完税として、贈与により無償で取得した財産の価額を対象として課される税であるが、その課税原因を贈与という法律行為に限定するならば、有償で、ただし時価より著しく低い価額の対価で財産の移転を図ることによって贈与税の負担を回避することが可能となり、租税負担の公平が著しく害されることとなるし、親子間や兄弟間でこれが行われることとなれば、本来負担すべき相続税の多くの部分の負担を免れることにもなりかねない。

① 著しく低い価額が贈与の対象

相続税法7条は、このような不都合を防止することを目的として設けられた規定であり、時価より「著しく低い価額」の対価で財産の譲渡が行われた場合には、その対価と時価との差額に相当する金額の贈与があったものとみなすこととしたのである。 したがって、租税負担の回避を目的とした財産の譲渡に同条が適用されるのは当然であるが、租税負担の公平の実現という同条の趣旨からすると、租税負担回避の意図・目的があったか否かを問わず、また、当事者に実質的な贈与の意思があったか否かをも問わずに、同条の適用があるというべきである。

ここでは、(1)「著しく低い価額」の対価で財産の譲渡が行われた場合には、その対価と時価との差額に相当する金額の贈与があったものとみなすこととしたのであり、「低い価額」での譲渡を課税するものではないとしています。
(2)当事者に実質的な贈与の意思があったか否かをも問わないとしています。

②「著しく低い価額」の判定基準

相続税法7条は、時価より「著しく低い価額」の対価で財産の譲渡が行われた場合に課税することとしており、その反対解釈として、時価より単に「低い価額」の対価での譲渡の場合には課税しないものである。社会通念に従い、時価と当該譲渡の対価との開差が著しいか否かによって行うべきである。
一般に、時価すなわち客観的交換価値と相続税評価額との間には約20パーセントの開差が存在することとなる。このように相続税評価額が時価より低い価額とされていることからすると、相続税評価額と同水準の価額を対価として土地の譲渡をすることは、その面だけをみれば経済合理性にかなったものとは言い難い。しかし、一方で、80パーセントという割合は、社会通念上、基準となる数値と比べて一般に著しく低い割合とはみられていない。少なくとも、そのようにして定められた対価をもって経済合理性のないことが明らかな対価ということはできないというべきである。相続税評価額と同水準の価額かそれ以上の価額を対価として土地の譲渡が行われた場合は、原則として「著しく低い価額」の対価による譲渡ということはできない

③「著しく低い価額」でない「低い価額」は問題としない

税務当局は相続税評価額が地価公示価格と同水準の価格の約80パーセントであることからすると、この開差に注目し、実質的には贈与税の負担を免れつつ贈与を行った場合と同様の経済的利益の移転を行うことが可能になるのであり、このことが、租税負担の公平の見地から相当でないことは明らかであるなどと主張する。
仮に時価の80パーセントの対価で土地を譲渡するとすれば、これによって移転できる経済的利益は当該土地の時価の20パーセントにとどまるのであり、税務当局の主張するように「贈与税の負担を免れつつ贈与を行った場合と同様の経済的利益の移転を行うことが可能になる」とまでいえるのかはなはだ疑問である。この主張は、相続税法7条自身が、「著しく低い価額」に至らない程度の「低い価額」の対価での譲渡は許容していることを考慮しないものであり、妥当でない。

④「実質的に贈与を受けたと認められる金額」では判断しない

税務当局はまた、「著しく低い価額」の対価に当たるか否かは、「実質的に贈与を受けたと認められる金額」の有無によって判断すべきであると主張するが、相続税法7条は実質的に贈与を受けたか否かという基準が妥当なものとは解されない。また、この基準によるとすれば、時価よりも低い価額の対価で譲渡が行われた場合、客観的にみて譲受人は譲渡人から一定の経済的利益を無償で譲り受けたと評価することができるのであるから、そのすべての場合において実質的に贈与を受けたということにもなりかねず、単なる「低い価額」を除外し「著しく低い価額」のみを対象としている同条の趣旨に反することになるというべきである。

2.負担付贈与の個別通達に違反しないか



①負担付贈与 通達1は正当か

負担付贈与通達1にいう「通常の取引価額」とは、時価すなわち客観的交換価値のことを意味するものと解される。相続税法7条にいう時価は客観的交換価値のことを意味するのであるから、同条の観点からみる限り同通達1は正当である。

②負担付贈与 通達2は正当か

同条にいう「著しく低い価額」の対価による譲渡に当たるかどうかは、個々の取引について取引の事情、取引当事者間の関係等を総合勘案し、実質的に贈与を受けたと認められる金額があるかどうかにより判定するものとしている。前記1において詳細に検討したとおり、ここにいう「実質的に贈与を受けたと認められる金額があるかどうか」という判定基準は、同条の趣旨にそったものとはいい難いし、基準としても不明確であるといわざるを得ないほか、「著しく低い」という語からかけ離れた解釈を許すものとなっており、その意味で妥当なものということはできない。しかし、同通達2は、結局のところ、個々の事案に応じた判定を求めているのであるから、上記のような問題があるからといってそれだけで直ちにこれを違法あるいは不当であるとまではいえないというべきである。もっとも、個々の事案に対してこの基準をそのまま硬直的に適用するならば、結果として違法な課税処分をもたらすことは十分考えられるのであり、本件はまさにそのような事例であると位置付けることができる。

つまり、負担付贈与の通達は、「実質的に贈与を受けたと認められる金額があるかどうかにより判定するのであるから留意する。」とあるが、この判断は相続税法7条が「著しく低い価額」だけを課税対象としていることからすると妥当でないとして、負担付贈与通達は結果として違法な課税をすることになるとして、相続税評価額での売買を認めています。

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